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研究科概要

言語社会研究科とは

位置づけと抱負――研究科長からのメッセージ

大学院言語社会研究科は、学部を持たずに修士課程・博士課程のみ設置する独立大学院として1996年に設立された、社会科学の総合大学を標榜する一橋大学にあっては唯一、人文学の教育研究を任務とする研究科です。

人文学の本質である人文知とは、時代の潮流に左右されることなく、学知の基層を支えるものです。近代以降、学術研究はイデオロギー装置として制度化された結果、様々な分野に細分され、精密化してきました。しかしいくら精密な研究であれ、技術的知識の追求を自己目的化するならば、そこで得られた知識はむしろ反知性の資源になってしまうでしょう。学術研究は人文的関心と切り結ばねば、世界と人間にとって切実な問いに応えてくれない、すなわち有用性の本質を欠くことになるのです。知らざるを知り、知に涯無きを篤く信ずるのみならず、常に知そのものを対象化し、ときにこれを懐疑さえする柔軟な知性とは、いつでも人文知に深く根差しているものです。言語社会研究科はこのような、知性の根本に触れる教育研究の実現を目標に据えています。

昨今、人文学の周縁化を慨嘆する声が耳に絶えませんが、学問の価値を有用性に拠り裁断する観念は、無用の用など殊更に言挙げされた頃からすでに遍き、古典的なものです。ただし現代はもはや、人文学の価値が自明のものとして特権化される時代ではありません。「人文」という語の最古の用例の一つは、『易』に見えますが、そこに「天文を觀て以て時變を察し、人文を觀て以て天下を化成す」とあるように、人の世の文(あや)を観る行為は、そもそも天下の教化形成と無縁ではない、つまり煙火の気を拒んでは、むしろ進んで自らを痩せ細らせてしまうのです。言語社会研究科は、現実社会との連関も常に意識しながら、教育研究活動を展開しています。例えば、高度専門職業人の養成は本研究科の掲げる教育目標の一つですが、人文学の研究によって涵養された、豊かな教養と専門的知識を備えた知性が、社会の様々な層に、多彩な形態で浸透していき、それこそ人の世の文を絢爛にすることを期待するものです。学芸員資格取得関連科目、就業体験実習や第二部門の海外教育実習などをカリキュラムに組み入れているのも、学びと社会における実践を重視すればこそです。また、教育研究機関としての基本を踏まえつつ、さらに講演、シンポジウム、地域連携事業など、外に開かれた多彩な活動を通じて、人文学の魅力や奥行きを広く世に知らしめていきたいとも念じています。

人文学のみならず、大学という「場」、制度そのものが大きく動揺している時代にあって、言語社会研究科は、時流に迎合することなく、しかし他者との関係性や現実社会の多様性を十分に自覚した主体を構築し、人文知の鍛え上げを着実に目指していきます。

2012-17年度研究科長 坂井 洋史

 

上の挨拶文をものされた坂井先生はすでに研究科長を退いておられますが、「人の世の文(あや)」をめぐる当研究科の抱負についてはここに遺憾なく述べ尽くされており、みなさまにぜひご一読いただきたく、かくなお掲げておく次第です。

それからいろいろなことがありました。紙媒体から電子媒体/オンラインへの移行の趨勢はこの間のコロナ禍を介して決定的なものになりました。古来紙墨とともにあり、みずからを切磋琢磨しつつ広く流通展開する場として印刷媒体の興隆と定着のプロセスに深く参与してきた人文学が、骨がらみに密着し続けている媒体の凋落とともに足場を見失って動揺の極致にあることは、何らいぶかしむべきことでもありません。大学のみならず、言語と社会の様相全体が大きく変化しようとしている現代はむしろ、人文学にとって、みずからの拠って立つ社会基盤を根本的に見つめ直す好機です。言語社会研究科は教員総勢たった十数名の頼りない小舟のような研究科ですが、それでも嵐を恐れず、繰り返し大海原へ乗り出していきます。

2022年度研究科長 武村 知子