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教員紹介

教員と研究領域/第1部門(人文総合)

末永 絵里子

研究室:東キャンパス国際研究館4階
オフィスアワー:随時(事前にメールで予約を取ること)
※ウェブサイトや個人ブログ、SNSアカウント等は所持しておりませんので、必要なご連絡はすべて下記メールアドレスへお願い致します。
連絡先:メールアドレスはスパム対策のため画像化されています
研究概要とメッセージ

私はこれまで、いわゆる「現代フランス思想」を、宗教哲学という観点から研究してきました。主な研究対象はエマニュエル・レヴィナス(1906-1995)の思想ですが、ポール・リクール(1913-2005)やジャック・デリダ(1930-2004)の思想にも関心を寄せてきました。宗教哲学とは、人間が古来、究極的かつ根源的な問い(生死の意味や宇宙の真相、絶対の真理など)に突き当たった時に求めてきた、宗教および哲学という二つの異質な原理的思索が触れ合う研究領域です。そのなかで、レヴィナスは独特な位置を占めています。唯一神ヤハウェを奉じるユダヤ民族というルーツを持ち、ユダヤ教の聖典の一つであるタルムード解釈に携わる一方、フランスの大学で哲学を修め、フッサール、ハイデガーなど現代ドイツ哲学の重鎮に学ぶ傍ら、戦争の世紀を生き抜いて独自の他者論や倫理を立ち上げました。そうした相矛盾するあり方に、惹かれてきたのかもしれません。

研究方法は文献解釈や資料調査で、自分なりの問いを携えて、思想家のテクスト(主に外国語で書かれたもの)を読み込みます。自分なりの問いとは、例えば「リアリティとヴァーチャル・リアリティの境目が私たちの経験において失われつつあるなか、今後、何が人間の生存の指標(生きている実感、生きることの意味)となりうるか」というような、現実の社会や現在の自分自身に起こっていることと密接に結びついた問いです。テクストで話題になっている事柄や問題になっている事柄が鮮明な像を結び始めたら、一定の手順に従い、自身の観点から論文として形にします。

主ゼミや演習(=主専攻)という形で私のゼミナールに参加してみたいと考えておられる皆さんには、何よりもまず「自分が何を面白いと思うか」を大切にしていただきたいです。その上で、ご自身が興味関心を持つ事柄を、学術的に整理し表現する手順(問題系の練り上げ方、平たく言うとレポート・論文のイントロダクションの書き方)を学んでいただきます。さらにこれと並行して、第一に、外国語(私のゼミでは主にフランス語)で書かれた哲学・思想関連のテクストを読みこなすのに必要な語学力と読解力を鍛えること。第二に、「現代フランス思想」が今ある形で成立した歴史的由来を知ること、つまり哲学史・思想史上の知識を身につけること。この二つの作業を私と一緒に続けて参りましょう。

ずいぶん前から、クラシックバレエのコンクールやクラシック音楽の楽器(例えばピアノ)コンクールでも、「コンテンポラリー」「現代音楽」というカテゴリーでの選考が行われるようになりました。しかし、日々の地道なバーレッスンや基礎的な運指練習、読譜や聴音の訓練を抜きにして、また、「古典」と目される作品の理解や実演を飛び越して、ダンサーや奏者が「現代的な」作品を説得的に演じることは難しいでしょう。「現代思想」の研究においても事情は同じです。説得的に論じるためには、地味で継続的な、ある種の基礎練習が必要になります。

とはいえ、副ゼミや第2演習(=副専攻)という形で私のゼミナールに参加してみたいとお考えの皆さんに、同じ姿勢を求めるつもりはありません。日本語の訳書を使った授業参加で構いません。以下で述べますように、「翻訳」とは、必ずしも異なる言語間で起こる出来事ではないからです。また、「翻訳」を通してのみ為しうる貴重な体験もあるからです。

大学の学部時代、私は哲学・思想分野の専攻であったにもかかわらず、考古学や日本史学にも興味を持っていました。その一環として、新訳・源氏物語とも言うべき、橋本治さんの『窯変 源氏物語』(中公文庫、全14巻)にのめり込みました。確かな学識に裏打ちされているのみならず、日本語が美しく、大学院時代も含め、何度全体を通読したか分かりません。しかし、私が紫式部の『源氏物語』を日本語の原文で真面目に読んだのは、受験勉強の時が最後でしょう。橋本氏によりますと、『源氏物語』はフランスの心理小説と似通った部分があるので、キャスティングはすべてフランス人の役者で構想なさったし、ご本人は『赤と黒』執筆時のスタンダールになられたつもりで『窯変 源氏物語』をお書きになったそうです。当時、私の文学的関心は夏目漱石とロシア文学に集中しており、フランス文学ではバルザックの長編小説がストライクゾーンに入るくらいで、『窯変 源氏物語』の橋本氏とは遠く隔たった場所におりました。それにもかかわらず、氏の描き出す王朝絵巻の世界は、私を魅了してやみませんでした。ところで、橋本氏には『窯変 源氏物語』より後に刊行と文庫化が始まった『双調 平家物語』(中公文庫、全16巻)があり、出版順序が逆であれば、『双調 平家物語』の方に傾倒していたことは間違いありません。ことほどさように、書物との出会いは偶然に左右されるものですが、幸福な読書体験であったと今でも思います。

副専攻という形で現代フランス哲学に関わってみたいと思われる皆さんが(もちろん主専攻とされる皆さんも)、限られた学生時代、多くのすれ違いの上に奇跡的に成り立つ、幸福な学問経験を積んでゆかれることを願っております。

2023年2月