【シンポジウム報告】シンポジウム「展覧会と西洋美術−日本の美術館の現状と可能性」
場所|一橋大学国立東キャンパス 国際研究館4階 大教室
主催|一橋大学博物館研究会
研究報告|
1. 小泉順也(一橋大学大学院言語社会研究科准教授)
「展覧会小史−日本の美術館と西洋美術」
2. 小野寛子(練馬区立美術館学芸員)
「練馬区とアルフレッド・シスレー−西洋美術展の顛末紀」
3. 大橋菜都子(東京都美術館学芸員)
「印象派の人気はつづくのか? 東京都美術館の現場から」
4. 安井裕雄(三菱一号館美術館学芸員・学芸グループ副グループ長)
「ワン・レンダーとマルチ・レンダー」
間もなく2015年が終わろうとしている。今年も全国各地で様々な展覧会が開催された。特に今年は戦後70年の節目ということもあり、様々な視点による企画展が多く見られた年でもあった。「展覧会と西洋美術」をテーマに企画された今回のシンポジウムでは、最初に、小泉先生より2015年の展覧会を総括しながら、近年の日本の西洋美術展を振り返りつつ、学術的に重要な展覧会について、学芸員や来館者といった立場を超えて、各人が語り続けていく意識を持つ必要性を説いた。たとえば、2010年の前後はフランス近代美術の素晴らしい展覧会が相次いで開催されたことを想起しながら、ときに海外で実現しない名作の共演やテーマの提示が日本で実現する可能性があると語られた。
今回のシンポジウムでは、美術館の第一線でご活躍中の学芸員の方に、美術館の現状について学芸員の立場から貴重なお話をいただくことができた。ご登壇いただいた3名の学芸員の方々がご勤務されていらっしゃる美術館は、東京都内にありながら、区立、都立、私立という異なるバックグラウンドを背負っておられる。
最初にお話しをいただいた小野寛子氏が勤務される練馬区立美術館は、地域の美術館としてスタートしている。今年、開館30周年を記念して開催された「アルフレッド・シスレー展――印象派、空と水辺の風景画家」は連日の大盛況で、全体の入館者数では一番の記録に達したという。そもそも地域の画家、芸術家による作品展示を出発点とする同美術館において、印象派展はどのようにあるべきかという観点から、地域に根差した方向性とコンセプトをご説明いただいた。特に、シスレー作品に描かれたセーヌ川を切り口に、河川工学の視点から見直すセーヌ川とシスレー作品という斬新な立ち位置から印象派をとりあげる試みがその中核にあったという。また、区立の美術館で印象派展を開催する上で、所蔵作品の有無を含めたテーマとの関連は問われるだろうと指摘された。
[会場風景 1]
続いて、レクチャーをいただいた大橋菜都子氏が勤務される東京都美術館は、美術団体の公募展会場として長年親しまれてきた歴史をもつ美術館である。現在は「公募展」、「自主企画展」、新聞社やテレビ局主催による「特別展」という3本柱で運営されている。大橋氏が担当された、現在開催中の「モネ展」も、連日記録的な来場者数を叩き出している。モネの一般的なイメージと晩年の睡蓮の作品とのあいだには乖離があり、ポスターやチラシのデザインの作成ではご苦労があったという。展覧会の概要とメッセージを簡潔に伝えるために、ポスターのデザインが大切であることを改めて実感させられたエピソードであった。
最後に、現在『プラド美術館展――スペイン宮廷 美への情熱』が開催されている三菱一号館美術館学芸員の安井裕雄氏よりお話をいただいた。三菱一号館美術館は、ジョサイア・コンドルによるレンガ造りの歴史ある佇まいを忠実に復元した、有楽町の再開発地区にある美術館として親しまれている。安井氏には少しさかのぼり、2001年の開館直後に岩手県立美術館で開催された「モネ展――睡蓮の世界」について、共同監修された自身の立場からお話いただいた。偶然にも報告者は、この展覧会を見るために東京から岩手の展覧会場に一人で見に行ったことを思い出し、改めて感銘を受けた。当時のカタログを見直してみると、「睡蓮」=晩年の傑作という図式が成立したのは、1950年代以降のことであったと書かれている。モネのリヴァイバルとその再評価において中心的役割を担った画商カチア・グラノフに注目した安井氏の論考は、15年近く経った今日においても学ぶべき点が多い。展覧会は、一人の画家の新たな側面を知らしめる大切な場でもあることに改めて気づかされる。最後に安井氏は、スマートフォーンの普及によって、本物を見る体験が軽視されつつある近年の傾向を懸念すると付言された。同時に学芸員の使命として一人でも多くの人に本物の作品と触れあう機会を演出し、作品が最良のコンディションで次世代に引き継がれてゆくためにできる限りのことをしてゆきたいと熱く語った。
とかく展覧会を振り返るとき、興行成績だけで美術展の価値や意義を評価しようとしてしまいがちだが、どのような視点からこれまでの作品を展示し、新しく見せるかということが重要であり、学芸員の手腕が問われるところでもある。また今回のように日本の美術館における西洋美術展の在り方を考えるとき、西洋美術作品を日本の文脈にいかに位置づけるかも大切になってくる。それは、日本のコレクターによる西洋美術作品との関連、美術館の所蔵作品に含まれる西洋美術作品との結びつき、さらには美術館を中心とした地域とのつながりにおいて西洋美術展をいかに見せるかという問題へと向かうことになる。それは、過去の展覧会を評価する場合も同じである。規模や来場者数も評価の一端となるが、かつて開催された展覧会がどのような企図において構成され、どのような視点から作品が並べられたかが重要であり、その歴史を背負った展示作品が次世代へと引き継がれてゆく時、新たな発見がもたらされる。2016年、日本の西洋美術の展覧会は美術史の一頁に何を書き残すことになるのだろうか…。
[会場風景 2]
文責:大学院言語社会研究科/宮本康雄(後期博士課程)