論文題目 |
指導教員 |
部門 |
カールスルーエ化学者国際会議での議論の再検討 |
有賀 暢迪 |
第1 |
共起語から考える色彩語を修飾するイ形容詞の意味―程度的意味と評価的意味における類義語と対義語― |
庵 功雄 |
第2 |
「一人称」が「受け手」になる場合の中日対照研究―中国語の二重目的語構文と日本語の授受構文を中心に― |
庵 功雄 |
第2 |
中国語話者のコロケーション受容に関する一考察―母語の影響に着目して― |
庵 功雄 |
第2 |
研究発表の質疑応答場面における発言意識の変容過程―修士課程1年前期の大学院生による質問者の立場からの分析― |
石黒 圭 |
第2 |
現代短歌の読解において多様な解釈が生まれる要因とその背景 |
石黒 圭 |
第2 |
黒人音楽の脱構築一Frank Ocean の Blond (e)における複数性一 |
井上 間従文 |
第1 |
“Bartleby,The Scrivner”と社会関係の様態をめぐる探求 |
井上 間従文 |
第1 |
中国語を母語とする学習者による複合動詞の使用実態―「非用」に着目して― |
太田 陽子 |
第2 |
中国人日本語学習者への多義動詞「かける」の指導に関する一考察―コーパスと日本語教科書の調査を中心に― |
柏野 和佳子 |
第2 |
エドガー・ドガのファミリー・ヒストリーと黒人観 |
小泉 順也 |
第1 |
1880・90年代のフランスにおけるポスターの様式比較―属性図を用いたシュレ、パル、ド・フール作品の分析― |
小泉 順也 |
第1 |
メトロポリタン美術館のオンラインミュージアム 「Met Kids」の作品解説分析 |
小泉 順也 |
第1 |
フリデリク・フランチシェク・ショパン〈練習曲 第3番 ホ長調〉作品10-3―曲想を決定づける要素としての「アタッカ」― |
小岩 信治 |
第1 |
ピアノ協奏曲におけるカデンツァの演奏 ベートーヴェン《ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調》Op.15 第1楽章を例に |
小岩 信治 |
第1 |
戦う尺八の誕生―「新日本音楽」運動から十五年戦争まで― |
小岩 信治 |
第1 |
ロベール・ブレッソンにおける「シネマトグラフ」の問題 『たぶん悪魔が』を中心に |
小関 武史 |
第1 |
六朝詩における苔の起源と発展 |
笹倉 一広 |
第1 |
マヤ・デレンにおける「フィルム・フォーム」―相対性理論関係を経験レベルで再現できる芸術手段として― |
武村 知子 |
第1 |
短歌の読みの再現と記述――短歌を短歌たらしめるものを目指して |
武村 知子 |
第1 |
「足立区」という地名に付随するもの―足立区イメージの形成と位置づけに関する一考察― |
武村 知子 |
第1 |
村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』における「コミットメント」の諸相 |
武村 知子 |
第1 |
教師・学習者間ラポールの行動に対する教師の意識―母語話者日本語教師を中心に― |
西谷 まり |
第2 |
タイにおける日本語教育の意義とは何か―タイ人高校日本語教師へのインタビュー調査の分析から― |
西谷 まり |
第2 |
インド初中等教育機関における教師間協働―よりよい協働を目指して― |
西谷 まり |
第2 |
「遠い国」タンザニアの日本語主専攻生のライフにおける日本語・日本―卒業生の困難に着目して― |
西谷 まり |
第2 |
Japanese Baroque Theatre: Negotiations between Shakespeare and Kabuki in NINAGAWA Twelfth Night |
中山 徹 |
第1 |
価値と意味―吉本隆明『言語にとって美とはなにか』の解読― |
中山 徹 |
第1 |
故郷喪失者たちの自由と世界―ハンナ・アーレントにおける「世界性」概念をめぐって |
中山 徹 |
第1 |
陳希我の『抓痒』をめぐって―インターネットの時代背景から見る |
星名 宏修 |
第1 |
抜け殻としての貝殻―『貝殻』における袁犀思想の考察 |
星名 宏修 |
第1 |
宮澤賢治『銀河鉄道の夜』論―「ほんたうのさいはひ」から見る主要登場人物の改稿― |
松原 真 |
第1 |
隠された女性の声―大塚楠緒子の『空薫』『そら炷』において― |
松原 真 |
第1 |
岸和田紡績争議に参加したサバルタンの朝鮮人女工 |
三原 芳秋 |
第1 |
中等教育において言語を学ぶとはどのような経験なのか―フィリピン中等教育向け日本語教材『en Tree』をめぐる開発者・教師・卒業生の語りからの考察― |
吉田 真悟 |
第1 |
ガイコクゴの外国性を乗り越えて―マンガ作品に登場する外国語由来の言葉に関する考察― |
吉田 真悟 |
第1 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
日本語学習者の意見文における説得力と根拠との関係 ―日本語教師による評価の観点から― |
石黒 圭 |
第2 |
縦断コーパスに基づく日本語学習者のフィラーの使用傾向 ―中国語話者を対象に― |
石黒 圭 |
第2 |
外国にルーツを持つ子どもが大人になるということ ―ある中国人大学院生のライフストーリー― |
石黒 圭 |
第2 |
『万葉集』挽歌における言語規範とジェンダー |
石井 正己 |
第1 |
『源氏物語』における女性の服装と生き方との繋がり ―二条院、二条東院、六条院入りを中心に― |
石井 正己 |
第1 |
越境する女優像 ―ジェンダーの視点からコン・リーを考察する― |
井上 間従文 |
第1 |
ゲイ雑誌『バディ』の生存戦略 ―受動的なアイデンティティ・ポリティックス― |
井上 間従文 |
第1 |
Jホラー映画における母親と子ども ―映画『仄暗い水の底から』から考察― |
井上 間従文 |
第1 |
「(ん)じゃないですか」について ―形式・イントネーションと用法のマッチングに着目して― |
太田 陽子 |
第2 |
テアトル・ドゥ・ラ・モード展をめぐる評価とその受容 |
小泉 順也 |
第1 |
印象派の女性画家ベルト・モリゾの描く作品 ―1870年代前半の変化と女性としての特徴― |
小泉 順也 |
第1 |
ロスコ・チャペルにおけるマーク・ロスコの戦略 ―次世代の美術動向への応答の観点から― |
小泉 順也 |
第1 |
ギュスターヴ・クールベの女性表象における社会主義の影響 ―≪画家のアトリエ≫を中心に― |
小泉 順也 |
第1 |
フォルテピアノの修復に関する記録の保存と継承 |
小岩 信治 |
第1 |
南郷ジャズフェスティバルと八戸のジャズ・シーン ―南郷の二人と八戸の二人― |
小岩 信治 |
第1 |
意味あるIneffabilitymp形而上学的説明 シルヴィア・ヨナスによる「Self-acquaintance テーゼ」の理論的射程をめぐって |
小岩 信治 |
第1 |
管理される未来 ―ビッグデータが構築するネット空間は人々をどこへ導くのか― |
武村 知子 |
第1 |
『田舎町の春』 ―中国詩映画についての再考― |
武村 知子 |
第1 |
技能実習生を教える日本語教師の教師観と人生径路 ―教師へのインタビューを手掛かりに― |
西谷 まり |
第2 |
逃亡する鳴禽 ―商禽の詩作における思想・文体・イメージの考察― |
星名 宏修 |
第1 |
1973年宝塚公演から見る『たけくらべ』の翻案 |
松原 真 |
第1 |
「東京八景」論 |
松原 真 |
第1 |
近松秋江『黒髪』論 ―創作された「私」とその目的― |
松原 真 |
第1 |
岡本綺堂『半七捕物帳』論 ―「お文の魂」から読み解く「捕物帳」の「型」― |
松原 真 |
第1 |
「読切特撰集」から『大空に生きる』までの改稿について |
松原 真 |
第1 |
李良枝「由煕」再読 ―表象から逃れる紐帯― |
三原 芳秋 |
第1 |
「国語に関する世論調査」とその影響について |
安田 敏朗 |
第1 |
接触場面における自主的自己開示の内容的特徴の日・中比較 ―初対面会話から第3回会話までの縦断的変化に着目して― |
栁田 直美 |
第2 |
中国人大学院留学生の日本でのキャリアに対する志向につながる動機の形成と維持・強化 ―日本での就職を希望してから就職が決まるまでのプロセスの可視化を通して― |
栁田 直美 |
第2 |
コーパスに基づく意味と評価極性の対応 ―日中同形語を対象に― |
山崎 誠 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
人種・移民問題と2016年のアメリカ大統領選挙の関連性 ―トランプの選挙キャンペーンを例として― |
イ ヨンスク |
第1 |
現代小説における女性の「変身願望」の比較研究 ―村田沙耶香の『コンビニ人間』と韓江の『菜食主義者』を中心に― |
イ ヨンスク |
第1 |
明治時代における「宗教」の意味:翻訳語という観点から |
イ ヨンスク |
第2 |
日本語の日常会話における男性による文末のノダ形式の使用分布とその通時的変化 ―BTSJコーパスとSSCコーパスによる比較研究― |
庵 功雄 |
第2 |
日本語学習者のストーリーテリングにおけるオノマトペの使用実態の記述的研究 |
石黒 圭 |
第2 |
日本語日常会話コーパスに見られる二人称表現の使用実態 ―発話者の性差を中心に― |
石黒 圭 |
第2 |
ベトナム人初級日本語学習者の作文に見られる誤用の研究 ―語彙・表記・統語的要因をめぐって― |
石黒 圭 |
第2 |
オノマトペの漢字表記が中国人日本語学習者の語彙習得に及ぼす影響 |
石黒 圭 |
第2 |
Affliction in the South: Flannery O'Connor's Disability Fiction |
井上 間従文 |
第1 |
エドワード・ヤン映画における空間の差異について ―「ハイパースペース」から「崇高」へ― |
井上 間従文 |
第1 |
補助動詞テミルと아/어 보다の日韓対照研究 |
太田 陽子 |
第2 |
中国人学習者への「~ていただく」構文指導に関する一考察 ―コーパスと日本語教科書の調査を中心に― |
太田 陽子 |
第2 |
アーダルベルト・シュティフター『石さまざま』における子供の社会統合 |
尾方 一郎 |
第1 |
ピエール=オーギュスト・ルノワール≪母性≫における理想化の表象 |
小泉 順也 |
第1 |
中国人日本語学習者による複合名詞アクセントの学習状況に関する調査研究 |
小磯 花絵 |
第2 |
ミヒャエル・クンツェの「おとなになる」 ―ミュージカル≪エリザベート≫を中心に― |
小岩 信治 |
第1 |
ジェルジュ・クルターグ作曲≪カフカ断章≫の楽曲構成法 ―20世紀ハンガリーにおけるある作曲家の「言葉」の獲得― |
小岩 信治 |
第1 |
「ポーランド文化」として形成されたクリスマス歌曲「コレンダ」 |
小岩 信治 |
第1 |
S.ヘラーによるシューベルト歌曲の編曲に見られる形式 ―「性格小品」型の編曲を中心に― |
小岩 信治 |
第1 |
組織を形成したピアノ技術者たちによる国産ピアノの模索 ―1936年「躍進国産ピアノ展」までの道のり― |
小岩 信治 |
第1 |
大正・昭和初期の日本における西洋文化の開花 ―資生堂の創造を通して― |
小関 武史 |
第1 |
楊沫における「愛情観」の変貌 ―楊沫の「恋愛」や「結婚」についての作品を中心に― |
坂井 洋史 |
第1 |
台湾映画『海角七号』の「融和」がもたらす「台湾意識」の高揚 ―非優位的な日本表象と先住民中心主義― |
武村 知子 |
第1 |
『劇場版アニメ 忍たま乱太郎 忍術学園 全員集合!の段』(2011)の「忍者」 ―「忍者」らしさと『全員集合!』らしさ― |
武村 知子 |
第1 |
The Ground Zero of #Me Too in China:A Foucauldian Discourse Analysis of Sexual Politics |
中井 亜佐子 |
第1 |
介護施設における技能実習生の組織適応プロセスの一考察 ―初めてベトナム人実習生を受け入れた介護施設の事例から― |
西谷 まり |
第2 |
オンライン日本語教育で教師が直面している困難 ―ライブ配信授業に焦点をあてて― |
西谷 まり |
第2 |
呂赫若日本語小説研究 ―-知識人像を中心として― |
星名 宏修 |
第1 |
林海音における「故郷」とその変化 |
星名 宏修 |
第1 |
安部公房『砂の女』論 ―寓意と結末の問題をめぐって― |
松原 真 |
第1 |
トレンドに隠された村上龍の戦い ―村上龍『69』の青少年像から見る― |
松原 真 |
第1 |
島崎藤村『新生』論 ―〈節子〉に寄り添った読みを通して― |
松原 真 |
第2 |
現代日本語の和語表記の恣意性について ―戦後「コドモ」表記をめぐる論説を例に― |
安田 敏朗 |
第1 |
就職のために渡日したインド人日本語学習者の語りが示すもの ―キャリアの変遷と心の動きに着目して― |
栁田 直美 |
第2 |
留学生と日本人学生の友人関係の促進要因と阻害要因 |
栁田 直美 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
ビジネス社内文書のわかりやすさ実例分析 ―母語話者のための<やさしい日本語>の観点で― |
庵 功雄 |
第2 |
『アナと雪の女王』におけるキャラクターの言語表現の日韓中対照研究 |
庵 功雄 |
第2 |
中国語母語話者における日本語接尾辞「的」に関する習得研究 |
庵 功雄 |
第2 |
平安鎌倉期王朝文学における鳥の表象 |
石井 正己 |
第2 |
日本語学習者は小説の冒頭から何を読み取っているか ―中国語を母語とする中上級学習者と日本語母語話者の比較を通して― |
石黒 圭 |
第2 |
Nonmeaning of Nella Larsen:A Critical Study of Quicksand and Passing |
井上 間従文 |
第1 |
ジェームズ・キャメロン監督Avatar(2009)に見る、アメリカ映画の修復の力 |
井上 間従文 |
第1 |
森山大道<アクシデント>シリーズに関する一考察 |
井上 間従文 |
第1 |
社内雑談における中国語母語話者のスピーチレベルに関する一考察 ―同じ会社の日本人社員との比較を通じて― |
太田 陽子 |
第2 |
メンデルスゾーンのファンタジー ―≪幻想曲≫(作品28)の多面性と位置づけへの考察― |
尾方 一郎 |
第1 |
マイスター・エックハルトにおける「創造」「誕生」そして「還帰」 |
尾方 一郎 |
第1 |
外国人児童のアイデンティティの確立と変容 ―複数言語環境下で成長した子どもを例に― |
糟谷 啓介 |
第1 |
中国朝鮮族のエスニシティの意識変化 ―上海中国朝鮮族大学生コミュニティーを中心に― |
糟谷 啓介 |
第1 |
The Wildean Art of Lying in the Ninth Episode of James Joyce's' Ulysses |
金井 嘉彦 |
第1 |
Dantean Elements and the Politics of the Italian Language in Ulysses |
金井 嘉彦 |
第1 |
二十世紀における女性演劇の形成 ―越劇と宝塚歌劇を中心に― |
吉川 良和 |
第1 |
拡張する現代美術の展示空間 ―ヴェルサイユ宮殿美術館における二十一世紀の展覧会を主軸に― |
小泉 順也 |
第1 |
高齢社会における美術館での教育普及事業の可能性 ―高齢者向けプログラムを中心に― |
小泉 順也 |
第1 |
小村雪岱をめぐる言説と受容 ―コレクションの形成経緯とその影響関係― |
小泉 順也 |
第1 |
物質性・パラダイム・トポスからイメージにおける音楽の徴候への退行 ―山村浩二監督作品映画 『サティの「パラード」』を例に― |
小岩 信治 |
第1 |
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディによる「第3のピアノ協奏曲」 ―1840年代前半にメンデルスゾーンが目指した「ピアノ協奏曲」― |
小岩 信治 |
第1 |
エルヴェ・ギベール『悪徳』における混合物をめぐって |
小関 武史 |
第1 |
モンゴメリ作品における家に人生を委ねる女性主人公 |
中井 亜佐子 |
第1 |
アメリカ禅と自己啓発文化 |
中井 亜佐子 |
第1 |
Christopher Banks as the Puer Aeternus:Identity Crisis in When We Were Orphans by Kazuo Ishiguro |
中井 亜佐子 |
第1 |
満州ツーリズムにおける ―近代大連・旅順の空間イメージの構築― |
星名 宏修 |
第1 |
黄春明の作品における児童の描写 ―作品に登場する児童障害者を中心に― |
星名 宏修 |
第1 |
「他者」としての台湾原住民女性を論じる ―「山地の女」から「燕が鳴く小道」まで― |
星名 宏修 |
第1 |
映画『童年往時――時の流れ』における音、光と記憶について |
星名 宏修 |
第1 |
厳歌苓の小説における 動物表現について |
星名 宏修 |
第1 |
芥川龍之介「歯車」 ―意識・主体性の問題をめぐって― |
松原 真 |
第1 |
谷崎潤一郎の中国旅行と中国趣味について |
松原 真 |
第1 |
桜庭一樹の作品における二重の抑圧 ―『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を原点に― |
松原 真 |
第1 |
陰翳美学の「深み」における文化生成要素の考察 |
松原 真 |
第1 |
室生犀星の「満州作品群」論 ―『大陸の琴』及び『哈爾濱詩集』を中心に― |
松原 真 |
第1 |
川端康成「たんぽぽ」から見る戦後日本 ―「生命の樹」「再会」を手掛かりに― |
松原 真 |
第1 |
戦後日本語教育の歴史認識 ―直接法をめぐる言説を通して― |
安田 敏朗 |
第1 |
PAC分析を用いた時間感覚へのアプローチ ―時間のはやさを表す語「あっという間」を例に― |
栁田 直美 |
第2 |
中上級日本語学習者の「格助詞で終わる表現」についての理解 ―使用手がかりの観点から― |
山崎 誠 |
第2 |
J-POPの歌詞における二重表記の使用実態 |
山崎 誠 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
全存在と脱機械化の哲学 ―木村敏・ドゥルーズ=ガタリ・スピノザを手がかりに― |
イ ヨンスク |
第1 |
自動車整備専門学校の留学生のための語彙シラバス ―専門漢字語彙の学習についての考察― |
庵 功雄 |
第2 |
中国語母語話者の視点から見た日本語有対自他動詞の習得 |
庵 功雄 |
第2 |
日本語の学習機会に恵まれなかった南米日系人が介護士に就労定着するプロセス |
石黒 圭 |
第2 |
インターネット上のクチコミと返信のやりとりに対する第三者の評価と書き手のイメージ形成 |
石黒 圭 |
第2 |
高校の第一外国語としての日本語選択動機と動機づけの変容 ―中国内モンゴル自治区にある普通科高校を例に― |
太田 陽子 |
第2 |
中国人編入留学生が抱く困難点の傾向及び特徴について ―学部留学生・交換留学生との比較から― |
太田 陽子 |
第2 |
時空間を超えるマーク・トウェインの眼 ―『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』― |
越智 博美 |
第1 |
1949年における中国知識人の選択 ~胡適を例として~ |
糟谷 啓介 |
第1 |
近代日本における「漫画」概念編成に関する考察 ―明治期の「ことば」の登場と大正期の歴史記述の事例から― |
小泉 順也 |
第1 |
日本の博物館ボランティアの活動実態とその構成過程 教育政策がもたらした学習言説を問い直す |
小泉 順也 |
第1 |
18世紀フランスにおける「自国美術の愛好」 ―風俗画家ジャン=バティスト・グルーズの成功にみる趣味の変化― |
小泉 順也 |
第1 |
岸田劉生の「代々木時代」に関する研究 |
小泉 順也 |
第1 |
社会教育機関としての美術館と学校の連携における教員研修 ―国立美術館による指導者研修から考える学芸員と教員の相互理解― |
小泉 順也 |
第1 |
ゴーガンのリトグラフ制作 ―《ヴォルピニの連作》を中心に― |
小泉 順也 |
第1 |
ヴェルレーヌの詩による歌曲から探るフォーレの歌曲創造の美学 |
小岩 信治 |
第1 |
リュッケルトの『愛の春』に基づくシューマン作曲の2つの歌曲 ―連作歌曲集の再創造と新しい試み― |
小岩 信治 |
第1 |
香港という主体の冒険 ―ローカリズムの主体から革命の主体へ― |
小関 武史 |
第1 |
延安の文芸座談会後における左翼作家の端木蕻良の創作風格をめぐる一考察 |
坂井 洋史 |
第1 |
日中現代文学における老舎『猫城記』の解釈 ―テクストの受け取られ方を中心に― |
坂井 洋史 |
第1 |
五四時期の作品分析から見る胡適の女性解放思想 ―作品「終身大事」、「米国の婦人」、「李超傅」などを中心に― |
坂井 洋史 |
第1 |
汪曾祺の故郷小説における空間イメージ ―『菰蒲深処』と『矮紙集』を中心に― |
坂井 洋史 |
第1 |
吉増剛造論 吉増剛造と詩との距離について |
武村 知子 |
第1 |
方法としての情緒 ―数学者・岡潔の方法とその哲学的背景― |
武村 知子 |
第1 |
搭乗をめぐるロボットアニメにおけるロボットのあり方 ―テレビアニメ『機動戦士ガンダム』第1話を中心に |
武村 知子 |
第1 |
ジーン・リースの『闇の中の航海』における「ふりをする行為」:父権制と植民地主義への抵抗 |
中井 亜佐子 |
第1 |
麻痺と支配― 『ダブリナーズ』における聖職者像に対する考察― |
中井 亜佐子 |
第1 |
ヴァージニア・ウルフ The Years における共同体観 ―‘facts’およびクロノス的時間に基づく新しい「家族」― |
中井 亜佐子 |
第1 |
「女だけで暮らしたい」はただの愚痴か ―ポストフェミニズム・覇権的男性性・「不安定性」との関連に着目して |
中井 亜佐子 |
第1 |
田村(佐藤)俊子の上海・北京・南京時期(1938年12月~1942年5月) |
星名 宏修 |
第1 |
廖輝英の作品から見る台湾女性の世界 |
星名 宏修 |
第1 |
朱天文後期小説における記号の「解散」 ―「世紀末の華やぎ」から『巫言』まで― |
星名 宏修 |
第1 |
中国大陸における三島由紀夫作品の翻訳出版 |
松原 真 |
第1 |
「李陵」についての研究 ―時代を見つめる中島敦― |
松原 真 |
第1 |
志賀直哉作品における少年主人公の変遷 ―「清兵衛と瓢箪」「小僧の神様」「真鶴」より― |
松原 真 |
第2 |
Rethinking the Chinese Room Argument in New Era |
三原 芳秋 |
第1 |
金東仁の近代小説文章の成立と日本 ―「弱き者の哀しみ」と評論を中心に― |
安田 敏朗 |
第1 |
戦後高校国語教科書における漢詩訓読 |
安田 敏朗 |
第1 |
経験歴の多寡から見た大学院ゼミにおける質疑応答の談話の構造分析 ―修士課程1年生の研究発表をデータとして― |
栁田 直美 |
第2 |
日本語教育実習において実習生はどのように発問をしているのか |
栁田 直美 |
第2 |
課題解決を目的とするグループワークに見られる話し合いの展開構造分析 ―模擬授業の準備段階における話し合いに着目して― |
栁田 直美 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
神話と歴史の接点 ―『三国遺事』の考察― |
イ ヨンスク |
第1 |
「女子力」の考察 ―消費社会における女性たちのライフスタイルの変遷― |
イ ヨンスク |
第1 |
日本における理想の肌 |
イ ヨンスク |
第1 |
日本社会における在留外国人の「自己発信」 ―文化的アイデンティティの側面から見るNHK日本語弁論大会― |
イ ヨンスク |
第1 |
許蓮順の長編小説に現れたディアスポラ形象に関する研究 ―『中国嫁』と『誰が蝶の巣を見たのだろう』を中心に― |
イ ヨンスク |
第1 |
ブラジル「コロニア版日本語教科書」からみる日系移民二世教育 ―近代日本の言語帝国主義との共時性に着目して― |
イ ヨンスク |
第2 |
「90後」中国人私費留学生の日本留学までの経緯と意識変遷に関する一考察 ―日本留学動機の形成に着目したTEM図を用いて― |
イ ヨンスク |
第2 |
中国の日本語教科書における会話文に関する一考察 ―『新編日語』の会話文における疑問表現を中心に― |
庵 功雄 |
第2 |
希求・願望のモダリティとその否定 ―「ないでほしい」と「てほしくない」― |
庵 功雄 |
第2 |
接続表現「また」「さらに」「一方」による文章の構造化の特徴 ―範囲指定機能に着目して― |
石黒 圭 |
第2 |
対話における前提を持つ副詞「もちろん」「やはり」の使用実態 ―『多言語母語の日本語学習者横断コーパス』の調査から― |
石黒 圭 |
第2 |
Toward Human Conditions : on politics in Leo Bersani |
井上 間従文 |
第1 |
共有する震えと斜めの断面:復興言説と震災後文学をめぐって |
井上 間従文 |
第1 |
日本人の勤勉性 ―勤勉性の過去・現在・未来― |
尾方 一郎 |
第1 |
≪耽美的なもの≫に就いての哲学的一考察 |
尾方 一郎 |
第1 |
ウイグル語母語話者における日本語習得差 ―いわゆる「民考漢」と「民考民」の日本語習得の差異についての調査― |
糟谷 啓介 |
第1 |
重訳を通して失われる文体の魅力 ―日・英・ペルシア語の『かえるくん、東京を救う』を中心に― |
糟谷 啓介 |
第1 |
ソシュール・ラング理論の社会性について ―ラング概念はいかなる意味で社会的か― |
糟谷 啓介 |
第1 |
オブジェは抵抗するだろう:1950年代の針生一郎における〈前衛〉について |
小泉 順也 |
第1 |
ルネ・グリュオー 名香とポスターの具象 |
小泉 順也 |
第1 |
中国人上級日本語学習者による日本語アクセントの習得 ―産出・知識・知覚の関係から― |
小磯 花絵 |
第2 |
ブラームスとヘルテル ―交渉開始から出版までのプロセス― |
小岩 信治 |
第1 |
ガブリエル・フォーレの≪レクイエム≫に見出された「古代の精神」と「楽園」 ―カミーユ・ブノワの批評を主軸に― |
小岩 信治 |
第1 |
オノレ・ドーミエの古典主義批判 ―ロマン主義演劇隆盛期のカリカチュア― |
小関 武史 |
第1 |
シャルダンの風俗画≪食前の祈り≫:イメージの拡大と浸透に関する一考察 |
小関 武史 |
第1 |
ルソーにおける「自己充足」 |
小関 武史 |
第1 |
李陀からみた「先鋒文学」作家・余華に関して |
坂井 洋史 |
第1 |
文学地図の視野から見た手書き地図と空間イメージ ―『城市地図』を中心に― |
坂井 洋史 |
第1 |
雑文集から見る作家古丁の創作態度 |
坂井 洋史 |
第1 |
30年代の上海モダニズム文学における「借用」 ―穆時英の作品を例として― |
坂井 洋史 |
第1 |
日本のオーケストラ運営に関する課題 ―楽団の取り組みに焦点を当てて― |
武村 知子 |
第1 |
童貞文化論―現代文芸篇 ―1980年代・2000年代― |
武村 知子 |
第1 |
虚淵玄作品における「悪魔性」の表現に関する試論 |
武村 知子 |
第1 |
ビクトル・エリセ作品にみる歴史叙述の映画的方法 |
武村 知子 |
第1 |
Melancholy and Imperialism in The Light that Failed |
中井 亜佐子 |
第1 |
「物語」概念をめぐる倫理と治療の葛藤についての精神分析的解釈 |
中山 徹 |
第1 |
ベトナムにおけるブレンディッドラーニングの実践研究 ―Moodleを用いた日本語の聴解授業― |
西谷 まり |
第2 |
紛争時におけるシリア人日本語学習者の動機づけ ―複線径路・等至性アプローチを用いて― |
西谷 まり |
第2 |
呉濁流の中国人に対する意識の変化 ―『胡志明』における人物形象の分析を中心に― |
星名 宏修 |
第1 |
杜衡の「第三種人」観と創作 ―『漩渦里外』に至るまで― |
星名 宏修 |
第1 |
台湾知識人にとっての張愛玲 ―1980年代以前の文学評論を中心に― |
星名 宏修 |
第1 |
椋鳩十『孤島の野犬』の「孤」をめぐって |
松原 真 |
第1 |
Derek Walcott:カリブ詩に学ぶ ―初期詩篇から『Omeros』へ― |
三原 芳秋 |
第1 |
辺見庸:発言から作品へ ―地下鉄サリン事件、死刑、南京事件をめぐって― |
三原 芳秋 |
第1 |
Rag Telling Ray and “Ray and Jack Go Hunting” : A Folktale beyond “Their Racial Heritage” |
三原 芳秋 |
第1 |
漢文脈/振仮名の重層的文体としての添義訳文 ―近代日本における翻訳文体の研究― |
安田 敏朗 |
第1 |
大学生はどのようにリアクションペーパーを記述するか ―未経験者の変化と記述経験による比較を通して― |
栁田 直美 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
日本在住の韓国人母親における継承語としての韓国語教育 |
イ ヨンスク |
第1 |
中国留学に対する意識調査とその分析――韓国人留学生と日本人留学生を対象に |
イ ヨンスク |
第1 |
新韓流と化粧品の関係性について――アモーレパシフィックの観点からみたK-Beautyの考察 |
イ ヨンスク |
第1 |
江戸川区西葛西におけるインド人ママの生活と思考――日本人ママとの雑談からみる話題選択とライフストーリー |
庵 功雄 |
第2 |
授受補助動詞「~テクレル」と中国語の対応形式――産出のための日本語教育文法の観点から |
庵 功雄 |
第2 |
福井県坂井郡方言の終助詞に関する考察 |
庵 功雄 |
第2 |
すでに起きた出来事を表す「ト・タラ」――学習者の母語知識を活かした日本語教育の観点から |
庵 功雄 |
第2 |
戦後が刻まれた長崎の街と被爆証言 |
鵜飼 哲 |
第1 |
エラスムスにおける「中間」の概念 |
鵜飼 哲 |
第1 |
ロラン・バルトの距離と細部――ブレヒト演劇論を中心に |
糟谷 啓介 |
第1 |
愛国ビジネスの側面 |
糟谷 啓介 |
第1 |
日本の私立音楽大学における専門分野の拡大――1990年代以降の新専攻の設置とその要因に着目して |
小泉 順也 |
第1 |
日本語学習者における母語使用時と日本語使用時の自己相違に関する一考察 |
小磯 花絵 |
第2 |
H.ヴォルフの《メーリケ歌曲集》における近代性――R.シューマンの同詩異曲との比較考察 |
小岩 信治 |
第1 |
J・S・ドワイトにおける「適切な聴衆」――ハーバード音楽協会のシンフォニー・コンサートを通じて |
小岩 信治 |
第1 |
木心の台湾文壇への登場をめぐる一考察 |
鈴木 将久 |
第1 |
王安憶の「文化尋根」 |
鈴木 将久 |
第1 |
岡田利規論 同化/異化をめぐって |
武村 知子 |
第1 |
『ピカ☆ンチ LIFE IS HARD だけど HAPPY』から見る〈団地性〉 |
武村 知子 |
第1 |
生輪廻による救済の実現――フィクション作品における生輪廻表現の考察 |
武村 知子 |
第1 |
「合唱寸劇水戸黄門」考察 |
武村 知子 |
第1 |
『秋山記行』の成り立ちについて |
武村 知子 |
第1 |
小説における記号使用をめぐる問題――安部公房『終りし道の標べに』の記号使用に着目して |
武村 知子 |
第1 |
戦後英語教科書の文学的素材に関する一考察 |
中井 亜佐子 |
第1 |
Representation of Mountains in Elizabeth Coxhead's One Green Bottle : The Sublime and Everydayness |
中井 亜佐子 |
第1 |
The Crown of Nature,the Form of Life as Political Unconscious |
中井 亜佐子 |
第1 |
Violence in the Age of `Post`: Reading J.G.Ballard's Cocaine Nights and Super-Cannes |
中山 徹 |
第1 |
歴史の肖像写真――徳重秀樹の「骨花」のまなざし |
中山 徹 |
第1 |
影の形而上学――ジョルジョ・デ・キリコ論 |
中山 徹 |
第1 |
ヴェルボ・トナル法を応用したベトナム人のためのプロソディ指導 |
西谷 まり |
第2 |
タイ人高校生の漢字習得に関する研究――漢字運筆練習に関する実証実験と学習ストラテジー調査を通して |
西谷 まり |
第2 |
ネイティブとノンネイティブの境目――米国高等教育における日本語教師の意識調査に基づく分析 |
西谷 まり |
第2 |
オープン教材を活用した日本語初級授業における反転授業の研究――反転授業によって授業の質は変化するのか |
西谷 まり |
第2 |
宮沢賢治西域作品論――仏教的思想の影響をめぐる |
松原 真 |
第1 |
太宰治「惜別」論――三人の語り手と遭難者のたとえ話 |
松原 真 |
第1 |
Reading Haiti in Absalom, Absalom! |
三原 芳秋 |
第1 |
石原吉郎のシベリア抑留エッセイ:「証言」と反「反戦」の語りをめぐって |
三原 芳秋 |
第1 |
BL再考――ボーイズラブの成立・発展とトランスナショナルな普及・変容 |
三原 芳秋 |
第1 |
黎錦熙と民国初期の国語運動――『国語週刊』を中心に |
安田 敏朗 |
第1 |
誤解に起因する摩擦場面におけるLINE受信者の行為への評価――母語場面と接触場面に参加したLINE送信者へのインタビューから |
栁田 直美 |
第2 |
初対面日本語会話における日本語母語話者と学習者の話題転換についての考察――開始・終了・内容の観点から |
栁田 直美 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
「愛国」の用語分析からみた国家観――1883年から1899年までの朝鮮におけるナショナリズムの形成 |
イ ヨンスク |
第1 |
『民約訳解』と「理」の再審 |
イ ヨンスク |
第1 |
韓国から送出された国際養子の表象に見る家族の意味――映画分析を中心に |
イ ヨンスク |
第1 |
留学目的意識及び学生間交流の現在――韓国留学経験者が語るアジアへの視点 |
イ ヨンスク |
第1 |
日本における「韓国絵本」翻訳:その社会言語学的考察 |
イ ヨンスク |
第1 |
渡日前教育の「ありかた」とは――ベトナム・ホーチミン市の民間日本語学校を事例として |
イ ヨンスク |
第2 |
外国人介護従業者が優先して習得すべき漢字語彙についての一考察――市販介護福祉士国家試験対策教材で使用される漢字語彙との照応 |
庵 功雄 |
第2 |
動詞のテイル形における進行中と結果残存とその連続性――連体修飾句節からみた考察 |
庵 功雄 |
第2 |
文法を初級で終わりにしない試み――日本語学校中上級クラス、受身形を例に |
庵 功雄 |
第2 |
ブラジル・ポルトガル語を母語とする日本語学習者の結果残存のテイルの使用傾向に関する一考察 |
庵 功雄 |
第2 |
台湾人日本語学習者のビジネスにおける依頼のメールに見られる特徴――日本語母語話者の評価と学習者の録画データから |
石黒 圭 |
第2 |
日本語母語話者と日本語学習者の作文コーパスから見た読点と助詞の関係性 |
石黒 圭 |
第2 |
ベトナム人日本語学習者の視点指定による視点表現・視点タイプの特徴――日本語母語話者との比較から |
石黒 圭 |
第2 |
プリーモ・レーヴィの視線 ~過去との対話~ |
鵜飼 哲 |
第1 |
ジャック・デリダと遺産相続の哲学――脱構築と亡霊についての一考察 |
鵜飼 哲 |
第1 |
新自由主義的統治性において不正とみなされる特権としての在日特権に関する一考察――橋下徹の在日特権論と大阪市ヘイトスピーチ対策条例を対象に |
鵜飼 哲 |
第1 |
Th.W.アドルノ観念論批判の再構成――身体という言葉に着目して |
大河内 泰樹 |
第1 |
物語が見せるはてしないものとその限界――M.エンデ『はてしない物語』における本と読者の関係 |
尾方 一郎 |
第1 |
Blurring Southern Ideologies from within the U.S.South. Grotesque as a Mixture of Race, Cultures and Borders in Carson McCullers's South |
越智 博美 |
第1 |
未来から未来への電報:『スローターハウス5』における循環構造 |
越智 博美 |
第1 |
大転回の“危機”にさらされているという書物に関する考察――電子メディアvs紙の本論争の不毛性とリテラシーの普遍性 |
糟谷 啓介 |
第1 |
国立国語研究所による「外来語言い換え提案」についての考察 |
糟谷 啓介 |
第1 |
「台湾語キャンプ」を通して見た台湾語の言語復興 |
糟谷 啓介 |
第1 |
共同体としてのデ・ステイル――テオ・ファン・ドゥースブルフの戦略に関する一考察 |
小泉 順也 |
第1 |
美術をめぐる社会通念の形成と変容――史・資料にみる社会問題としての富山県立近代美術館問題 |
小泉 順也 |
第1 |
ポール・ゴーギャンのアダムとイヴ表象――≪アダムとイヴ≫(1902)を中心に |
小泉 順也 |
第1 |
日本語の談話におけるフィラーの特徴に関する実証的研究――アカデミック講演を中心に |
小磯 花絵 |
第2 |
『喫茶往来』に見る室町初期の喫茶様相 |
高橋 忠彦 |
第1 |
立川談志の「イリュージョン」『千早振る』の比較を通して |
武村 知子 |
第1 |
<太陽>と「声」の邂逅――≪マルメロの陽光≫における固有性について |
武村 知子 |
第1 |
マルセル・プルースト『楽しみと日々』(1896)における音楽レフェランスの研究――1890年代のプルーストの音楽受容と文学創造の関係 |
中野 知律 |
第1 |
タイ人タイ日通訳者が感じる不安――長期・短期契約通訳者の比較を通して |
西谷 まり |
第2 |
円地文子『女坂』にみる夫婦、妻妾 |
松原 真 |
第1 |
非真理を生きる作法――キルケゴールの人生選択の哲学 |
三原 芳秋 |
第1 |
「分割を繕う物語」――アーシュラ・K・ル=グウィンの作品群における均衡の思想 |
三原 芳秋 |
第1 |
1920年代における在日朝鮮人労働運動および日本人労働者の朝鮮観 |
安田 敏朗 |
第1 |
在台二世作家新垣宏一の台湾観――「第二世の文学」から戦後における再構築まで |
安田 敏朗 |
第1 |
複数言語環境を生きる子どもにとっての言語――外国にルーツを持つ学齢超過の子どもの「言語の捉え方」を考える |
栁田 直美 |
第2 |
接触場面における中級日本語学習者のコミュニケーション方略の使用――相手言語接触場面と第三者言語接触場面との比較を通して |
栁田 直美 |
第2 |
論文題目 |
指導教員 |
部門 |
中国「週末版」新聞の変容 |
イ ヨンスク |
第1 |
1930年代における植民地朝鮮人女性と「国語」としての日本語の雑誌――大衆女性雑誌『主婦之友』を中心に |
イ ヨンスク |
第1 |
在日朝鮮人に対する『韓国政府』の政策的態度――住民登録制度を中心に |
イ ヨンスク |
第1 |
地域日本語教室にかかわるボランティアの意識の変容のプロセス――日本語教育への意識の変容のプロセスとともに |
イ ヨンスク |
第2 |
解体と再生――諏訪敦彦の映画とジル・ドゥルーズの哲学 |
井上 間従文 |
第1 |
「自他の対応」から見た日中両言語の対照研究 |
庵 功雄 |
第2 |
「是…的」構文の意味・機能――文の階層性構造の観点から |
庵 功雄 |
第2 |
日本語有声・無声閉鎖子音の音響的分析 |
庵 功雄 |
第2 |
日本語多読に絵本を活用するための基礎的研究 |
石黒 圭 |
第2 |
外国人看護師に接触した日本人看護師の意識変容プロセス――限定的安心感を中心に |
石黒 圭 |
第2 |
主体的な学習を促す古文読解授業の実践と評価――中学校での実践を通じて |
石黒 圭 |
第2 |
フランス地方グランゼコールの労働市場におけるエリート性の考察――ESCEMを事例校として |
鵜飼 哲 |
第1 |
「非所有の所有」に「根づく」こと――森崎和江「非所有の所有――性と階級覚え書」における「女」と「故郷」 |
鵜飼 哲 |
第1 |
なぜ「女たち」でなければならないのか。『鏡の女たち』をめぐって |
鵜飼 哲 |
第1 |
ペーターハントケの言語観――左利きの女を用いて |
尾方 一郎 |
第1 |
『愛の完成』考察――ムージルの小説の方法から |
尾方 一郎 |
第1 |
日本における英語学習者の動機づけ――教育政策と保護者の与える影響の考察 |
糟谷 啓介 |
第1 |
Comparative Analysis of the Linguistic Ideology on Immigration - Policy Comparison and Discourse Analysis onto Medias of Japan and UK |
糟谷 啓介 |
第1 |
The Impact of Language and Education Policy on Ethnic Minority in Malaysia: Analysis of Language Attitudes of Ethnic-Chinese in Malaysia |
糟谷 啓介 |
第1 |
日本における言語へのメディアの影響の問題についての考察 |
糟谷 啓介 |
第1 |
Behold the Spirit: The Representation of Christ in W.B.Yeats's Calvary and The Resurrection |
金井嘉彦 |
第1 |
20世紀後半フランスにおける音色の探求と作曲技法の展開に関する考察――ジェラール・グリゼイを中心に |
小泉 順也 |
第1 |
ギュスターヴ・モロー≪キマイラたち≫(1884)における女性表象 |
小泉 順也 |
第1 |
サイ・トゥオンブリー論における評価形成についての研究――作品論とロットノートの比較を通じて |
小泉 順也 |
第1 |
帝政期ロシアの企業家エリセーエフ家の人々の成功と終焉 |
坂井 洋史 |
第1 |
プロ受容者と一般受容者の評価・批評に基づく蜷川実花の作品に対する考察 |
武村 知子 |
第1 |
80年代における中国「小劇場演劇」に対する認識――林兆華の作品および評論から |
武村 知子 |
第1 |
ナンニ・モレッティのエイプリル――映画と作為に関する諸考察 |
武村 知子 |
第1 |
Writing human-land relationship: Comparison of Zoë Wicomb's David's Story and J. M. Coetzee's Boyhood and Summertime |
中井 亜佐子 |
第1 |
日本語ライティングにおける不安――中国語を母語とする留学生のレポートを対象として |
西谷 まり |
第2 |
日本アニメ映画の中国語字幕版における明示化の研究――スタジオ・ジブリの作品を中心に |
星名 宏修 |
第1 |
戦時戦後期日本の「経済犯罪」取締と朝鮮民衆――統制経済を支えた経済警察・経済判事・経済検事を中心に |
星名 宏修 |
第1 |
60年代『台湾文芸』における老世代作家の作品に対する考察――1964年創刊号‐1969年第25期まで |
星名 宏修 |
第1 |
日中母語場面の自発的 turn における直前の相手 turn への関わり――明示的引き継ぎの観点から |
栁田 直美 |
第2 |
友人関係構築初期段階における話題選択・展開に関する研究――初対面場面から二回目場面への変化に着目して |
栁田 直美 |
第2 |
男を演じる女たちと再生する物語――太宰治の中期作品から |
松原 真 |
第1 |
現代内モンゴルにおける寺院復興――フレーホショーの三大寺プロジェクト |
安田 敏朗 |
第1 |
二字漢語における語と漢字の意味的結びつき――コーパスを用いた考察と日本語教育への応用 |
山崎 誠 |
第2 |